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第41回卒業証書授与式が行われました。(2010年03月03日)

順正学園第一体育館において、第41回卒業証書授与式が行われ43名に卒業証書が授与されました。これで卒業生総数は2,448名になり、伝統ある順正高 看の卒業生として全国の病院等で活躍することが期待されます。また、更なるステップアップを目指して吉備国際大学の看護学科へ進学する学生もいます。



式  辞
  第四十一期生ならびにご参列の保護者の皆様、本日は御卒業誠におめでとうございます。
  また、高梁市長近藤隆則様をはじめ、多数のご来賓の方々には、ご多忙の中をご臨席賜り、心より御礼申し上げます。お陰様でここに順正高等看護専門学校の第 四十一回卒業証書授与式を挙行し、四十三名の卒業生を送り出すことができますことは、私共教職員にとりましても大きな喜びであり、心から御礼申し上げる次 第であります。
  さて、思い起こせば3年前、諸君はこの同じ場所で、将来立派な看護師になることを夢見ながら本校への入学を宣誓致しました。一年生の前期では、明けても暮 れても『解剖生理学』に頭を悩まし、一時は何もかも放り出して逃げたくなったこともあったでしょう。しかし、秋の戴帽式において、ナースキャップを戴き、 炎の揺れる蝋燭を手に、誓いの言葉を唱えた時の感動は今なお心の中に刻まれていることでしょう。
  二年生では、病院での臨地実習が始まり、はじめて患者さんと向き合った時、いかに言葉を交わし、会話を進めてゆくべきかと悩み抜いた経験は、今ではむしろ 楽しい思い出となっていることでしょう。そして三年生の十二月からの国家試験に向けての猛勉強、おそらくこれまでこんなに勉強したことはなかったでしょ う。今ここに三年間を振り返り、諸君は本校での学生生活を誇りに思うとともに、経験した『がんばりぬく力』を糧に、四月から実社会の看護の世界へ元気に歩 み出して行ってください。そこには学校とは違った、厳しさの中にもすばらしさを秘め、生と死のはざまで多くの温かな感動を経験できる人生模様が展開してお り、苦しさを乗り越えて仕事をやりおえた先では、揺るぎのない社会的信頼と尊敬を勝ち取ることができるでしょう。
  ここで『看護師という職業のすばらしさを称えた感動のエピソード』をご紹介致します。
  それは、二千四年十月、死者・行方不明者九十名を越える被害をもたらした台風二十三号のさなかに、観光バスの屋根の上で一夜を明かした乗客三十六名と運転 手さんの実話です。おそらく皆さんの中には、新聞やテレビでこの記事をご覧になり、あああのことかと思い当たられる人もいらっしゃるでしょう。しかし、乗 客は、最高齢者八十八歳、最年少六十一歳、平均年齢六十七歳の高齢者団体で、男性十九名、女性十七名と聞きますと、夜間、濁流渦巻く寒さの中で十時間も過 ごした結果、全員無事であったということが信じられません。昨年十月に乗客のひとりであった六十四歳の元看護師、中島明子さんがこのときの手記を出版され ました。そのタイトルは何と『バス水没事故、幸せをくれた十時間、人を深く信じた奇跡の瞬間』というものです。この本ではじめて知ったのは、乗客の女性十 七名中九名が公立豊岡病院を定年退職した看護師さん達で、その中には、著者自身が教えを受けた七十一歳のK看護師長さんも一緒だったとのことでした。私は この本を読んですぐ、すべてはこの九名の看護師さんのお陰であったのだと直感しました。以下この本からご紹介致します。
  二千四年十月二十日午後八時前、国道は由良川からあふれ出た水で覆われ、辺り一面海のようになっており、もはや後戻りすることも出来なくなってしまいまし た。『あ、水が入って来た!』突然、前方の席から悲鳴が聞こえて来ました。『アッ、お尻が冷たい』、そう思った時には、泥水はすでに座席の高さにまで迫っ ていました。『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・』前方で念仏を唱える声にどっきとしました。『平常心、平常心・・・』と私は深呼吸しながら心の中で唱え ました。『エンジンが止まるぞお』と同時に、シュルルと最後のうなり声をあげてバスのエンジンが停止してしまいました。この瞬間、私たちは大きな箱と化し たバスの中に閉じ込められてしまったのです。バスから濁流の中に降り立ち避難しようとしましたが、時既に遅く、外に出ても足が届かない状態になってしまっ ておりました。『・・・もうバスの屋根に上がるしかない。』男性群はみんなで冷静に屋根に上がる準備を整え、高齢者の女性から順番に屋根の上へ引き上げて くれました。バスが浸水してから全員が屋根に上がるまで、一時間あまり、午後十時二十分ごろバスは水没しました。このとき私たちは風速二十メートルの強風 と一時間に十五ミリをこえる雨の中にいたのです。
 ひやっと足元を濡らすいやな感覚に思わず鳥肌が立ちました。覚悟はしていたものの泥水がとうとう屋根を越えて流れ込んできたのです。一人も落ちることがないようにと、両隣の人ががっちりと肩や腕を組み、腰に手を回して、全員で一つの塊になるようにしました。
  その頃、屋根の中央では最高齢の男性のMさんが寒さと疲労のため異常な震えに襲われておりました。低体温で肺炎を起こしかけていたのです。呼吸がゼイゼイ と乱れはじめたMさんの隣りにはK看護師長がいました。K師長はバスの屋根の上に正座し、Mさんをうつ伏せにして、頭を肩に乗せ、両脇に手を入れて抱きか かえ温め続けました。背中を叩いたり、さすったり、痰を出させるようにして、肺炎を防ごうとしたのです。時間が経つにつれ、バスの屋根の上では、身体の 弱った人を介抱したり、声をかけて励ますなど看護師仲間達が、みんなのために懸命に闘っている姿がありました。
  午前三時、これから気温が下がってくる。身体も疲れている。そして眠くなる。
  『みなさん、これから気温が下がって来ます。絶対に眠らないようにして下さい。歌でも歌いましょう!』しかし、誰も歌い出しません。
   しかたがないので、『うえをむ―ういて、歩こう』と恥ずかしながら歌い始めた私の声は震えていました。でも、次の瞬間、驚くほどの大きな歌声 が響きました。皆の歌声に包まれて、私は胸が震え、鳥肌がたっていました。一番が終わり、二番になったとき、私はいたずら心で、替え歌にしました。『幸せ はバスの上に!、幸せは水の中に!』と。
  さっきまで、寒さにぶるぶる震え、身体を硬くして、声も出せずに耐え忍んでいた人達から笑い声がでました。『ああ、良かった。まだみんなゆとりがある。』 安心し、嬉しくて、気が付いたらぼろぼろ涙をこぼしながら歌っていました。なぜかもう涙が出てきて仕方がないのです。   午前六時頃、私たちが『幸せなら手をたたこう』を歌い終えた頃、かすかなエンジン音が響いていました。『ヘリコプターだ!』誰かが叫ぶと同時に、みんなが 歓声をあげ、いっせいに空を見上げました。『今まで生きて来た中で、一番幸せ・・・』とは、まさにこの瞬間のことをいうのでしょう。
  まずは、最高齢のMさんの身体にベルトが固定され、ロープで引き上げられていきます。ところが、次の瞬間、Mさんはベルトからするりと抜け落ちてしまった のです。屋根の上で見守っていたレスキュー隊員は、すかさずMさんに飛びつき、Mさんの身体を抱えたまま水の中に落下しました。すぐに、Mさんは屋根の上 に引き上げられました。しかしMさんは、手の先まで硬直し、真っ青な顔で、意識も失っており、脈拍もほとんど触れず、危険な状態です。次の瞬間、K看護師 長が、人工呼吸と心臓マッサージを始めました。首を持ち上げ、鼻をつまんで、息を口からゆっくり吹き込み、心臓マッサージをします。必ず全員で生きて帰ろ うと誓ったのです。絶対に、絶対に、死なせてなるものか。お願い、生きて・・・。K師長の背中から、必死な思いが伝わってきます。やがて、Mさんの手がピ クピクと動き、うっすらと目を開きました。意識が戻ったのです。『ああ、これで大丈夫』。K師長が顔をあげ、大きな安堵のため息をつきました。後で聞く と、意外なことに、K師長はこのとき生まれて初めて、マウス ツウ マウスの人工呼吸を行ったとのことでした。K師長の思いが、自然に彼女の身体を突き動 かし、その素早い的確な処置につながり、Mさんの命を救ったのでした。
  著者は、改めてあの夜、自らをなげうって無意識のうちに誰かのために行動することができる人達が、この世にはごく当たり前に存在することを実感出来たと言います。
  命が掛かる極限状態の中では、人間が本来もっている善なる『助け合う心』と『他人を思いやる心』というものが自然に現れてくる。そしてこれこそが、看護の原点・基本倫理ではないでしょうか。
  卒業生諸君も将来、この本に記されたような『一人の人間として、命を見つめ、他人を思いやる状況』に遭遇することもあるでしょう。その時には是非とも、日 頃の経験と技量を十分に発揮して、他人のため、人間のため、そして命を守るために活躍出来る看護師として、成長されますことを祈念して、私の本日の式辞と させていただきます。 第四十一期生の諸君、本日は御卒業、本当におめでとう。

平成二十二年三月三日
順正高等看護専門学校
校長 松本 皓


第41回順正高等看護専門学校卒業証書授与式理事長告辞

 それでは、第四十一回順正高等看護専門学校卒業証書授与式にあたりまして、一言お祝いの言葉を申し上げます。
 高梁の町も少しずつではございますが、あちらこちらに春の訪れを感じる今日この頃となりました。
 今日のこの良き日に、めでたく卒業される皆さんのお喜びはもとより、皆さんをこれまで物心ともに支えてこられました保護者の皆様のお喜びはいかばかりかと拝察し、心よりお祝い申し上げます。
 また、ご多忙の中をご臨席戴きましたご来賓各位の先生方に厚く御礼申し上げます。
 さて、皆さんは、本校に入学されました時点で、また、ナイチンゲール像のもとでの戴帽式の折などにその都度、看護の道を志す意を新たにしてこられたこと と思います。国家試験に備えての勉学、実習等決して平坦ではなかった道のりを支えてきたのは皆様の看護を天職と決意された志ではなかったでしょうか。
 「志あるところ道あり」という言葉がございます。どんな困難なことでも、やろうという強い意志があれば、やりとげる道が開けてくるという意味でございますが、まさにその通りではないかと思っております。
 実に様々な分野で、様々な人々が、自らの使命を果たす為に、全身全霊で、仕事に打ち込んでおられます。皆様が、母校で経験された苦労は、今から待ち受け ている難問に比べれば、もしかしたら、ほんの序の口かもしれません。学園創立者の加計勉は、道という字が好きでした。学生の皆様方に贈る言葉として、「人 生には様々な道があるが、気まぐれで安易な選択に陥ってはならない。自ら経験や知識で進む、積み上げた道を選ぶことである」と言い、又、「僕の前に道はな い、僕の後に道はできる」とも言っておりました。
 どんな困難な時に遭遇しても志を失わずに、自分自身に負けないで頑張って下さい。皆様が天職として選ばれた看護という職は、どんな職業と比べてもひけを 取らない価値ある職業です。与えられた使命を常に胸に刻んで、素晴らしい人生を切り開いていって戴きたいと心から祈っております。
 本校は、昭和四十二年、創立者加計勉により、「学生一人ひとりのもつ能力を最大限に引き出し引き伸ばし、社会に有為な人材を養成する」という建学の理念 のもとに開学し、以来、すでに二千四百名を超える卒業生が看護のスペシャリストとして全国各地で活躍しておられます。本日卒業される皆様も、その一員とし て大いに社会に貢献して頂きたいと切に願っております。
 それでは、皆様のご活躍を祈念致しまして、甚だ簡単措辞ではございますが、私のお祝いの言葉とさせて戴きます。
 本日は、誠におめでとうございます。

平成二十二年三月三日
学校法人 順正学園
順正高等看護専門学校
理事長・総長 加計 美也子